予言めいたキザな言葉

 と大書してある。私は、ぞっとした。私はこんな予言めいたキザな言葉は、昔も今も大きらいである。つづいて、珍妙な、所謂「直言」が試みられている。何だか、くどくどした「直言」で、頗《すこぶ》るわかりにくいものであったが、要するに、汝は卑怯《ひきょう》である、汝は藤野先生から解剖学の試験問題を、あらかじめ漏らしてもらっていたのだ、その証拠には、汝の解剖学のノオトには、藤野先生が赤インキで何やら印をつけてある。汝には及第の資格が無いのだ、悔い改めよ! という事なのである。「なあんだ、これは。」私はその手紙を破ろうとしたら、津田氏はあわてて、「あ、待て待て。」と言い、素早く手紙を私から奪い取り、「大事件だよ、これは。君とこれから、いろいろ相談してみたいんだ。実に不愉快な事件だ。酒でも飲まずには居られない気持だ。この家に、お酒が少し無いかしら。」 私は苦笑して、下宿の家族の者に、お酒はありませんか、と尋ねた。お酒は今夜、亭主が飲んでしまったが、ビイルならある、という女房の返事だ。「ビイルでいいですか?」と津田氏に聞くと、津田氏はちょっと悲痛な顔をして、「ビイルか。木枯しを聞きながら、ビイルは野暮《やぼ》の骨頂だが、まあ、よかろう。かまわぬ。持って来い。」 津田氏はひとりでビイルをぐいぐい飲み、「わあ、寒い。秋のビイルは、いかん!」と叫び、わなわな震え出し、それから、どもりどもりこんどの事件の重大性に就いて説きはじめたのであるが、なにせ、唇を紫色にして全身ぶるぶる震わせながらの講釈であるから、さすがに少し、ただ事で無いようなものものしい雰囲気《ふんいき》も出て来た。 これは国際問題だ、と彼はれいの如く大袈裟な事を言うのである。周さんは一人に似て一人では無い。いま、清国留学生は日本全国に散在して、その数すでに一万ちかくに及んでいる。すなわち、周さんの背後には、一万名の清国留学生が控えている。周さんひとたび怒らば、この一万の留学生は必ず周さんを応援して立ち上る。しかる時には、仙台医専の不名誉は言うもさらなり、わが文部省、外務省も、清国政府に対し陳謝しなければならなくなるやも計り難い。実に、日支親善外交に、一大汚跡を、踏み残す事になる。君は之《これ》に就いてどう思うか、と言うのだが、まいどの事でもあり、私はれいのとおり、いい加減に聞き流して、「周さんは、その手紙を見たのですか?」

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