孟宗《もうそう》の筍《たけのこ》の話

「それは知らないけれども、孟宗《もうそう》の筍《たけのこ》の話だの、王祥の寒鯉《かんごい》の話だの、子供の頃に聞いて僕たちは、その孝子たちを、本当に尊敬したものです。」「まあ、あんな話は無難だけれども、あなたは、老莱子《ろうらいし》の話など知らないでしょう? 老莱子が七十歳になっても、その九十歳だか百歳だかの御両親に嬰児《えいじ》の如く甘えていたという話です。知らないでしょう? その甘えかたが、念いりなのです。常に赤ちゃんの着る花模様のおべべを着て、でんでん太鼓など振って、その九十歳だか百歳だかの御両親のまわりを這《は》いまわって、オギャアオギャアと叫び、以《もっ》て親の心を楽しましめたり、とあります。どうですか、これは。僕は、子供の頃、それを、絵本で教えられたけれども、その絵はたいへん奇怪なものでした。七十の老人が、赤ちゃんのおべべを着て、でんでん太鼓を振りまわしている図は、むしろ醜悪で、正視にたえないものです。親がそれを見て、果して可愛いと思うでしょうか。僕が幼時に見た絵本では、その百歳だか九十歳だかの御両親は、つまらなそうな顔をしていました。困ったものだというような顔をして、その七十歳の馬鹿息子の狂態を眺めていました。そうです。Wahnwitz です。正気の沙汰ではありません。また、こういうのもあります。郭巨《かくきょ》という男は、かねがね貧乏で、その老母に充分にごはんを差し上げる事が出来ないのを苦にしていた。郭巨には妻も子もある。その子は三歳だというのです。或る時、老母と言っても、その三歳の子から言えばおばあさんですね、そのおばあさんが、三歳の孫に、ご自分のお碗《わん》のたべものを少しわけてやっているのを見て、郭巨は恐縮し、それでなくても老母のごはんが足りないのに、いままたわが三歳の子は之《これ》を奪う、何ぞこの子を埋めざる、というひどい事になって、その絵本には、その生埋めの運命の三歳の子が郭巨の妻に抱かれてにこにこ笑い、郭巨はその傍で汗を流して大穴を掘っている図があったのですが、僕はその絵を見て以来、僕の家の祖母をひそかに敬遠する事にしました。だって、その頃、僕の家がそろそろ貧乏になっていたし、もしも祖母が僕に何かお菓子でもくれたら、僕の父は恐縮し、何ぞこの子を埋めざる、と言い出したらたいへんだと思ったからです。急に、家庭というものがおそろしく思われて来ました。これでは、儒者先生たちのせっかくの教訓も、何にもなりません。逆の効果が生れるだけです。日本人は聡明《そうめい》だから、こんな二十四孝を、まさか本気で孝行の手本なんかにしてはいないでしょう。あなたは、お世辞を言っているのです。僕はこないだ、開気館で二十四孝という落語を聞きましたよ。お母さんに孝行しようと思って筍を食いたくないかとお伺いすると、お母さんは、あたしゃ歯が悪くて筍はまっぴらだと断る話。日本人は、頭がいいと思いましたよ。愚説にだまされやしません。文明というのは、生活様式をハイカラにする事ではありません。つねに眼がさめている事が、文明の本質です。偽善を勘《かん》で見抜く事です。この見抜く力を持っている人のことを、教養人と呼ぶのではないでしょうか。日本人は、いい教養を祖先から伝えられているのですね。支那の思想の健全なところだけを、本能のように選んで摂取《せっしゅ》しますからね。日本では支那を儒教の国と思っているようですが、支那は道教の国です。民衆の信仰の対象は、孔孟でなく、神仙です。不老長寿の迷信です。けれども、日本では、そんな不老不死の神仙説のほうには、てんで見むきもしません。いい笑い草にしています。仙人という言葉を、白痴か気違いの代名詞くらいに考えています。日本の思想は、忠に統一されているのですから、神仙も二十四孝も不要なのです。忠がそのまま孝行です。先日一緒に見た芝居の政岡も、わが子に忠だけをすすめています。母に孝行せよという教育はしていません。しかし、忠がすなわち孝なのだから、あれでかまわないのです。そうして日本の人は、それを見て皆泣いています。仙人や二十四孝は、落語にされて、これは笑いの種になっています。」「いや、どうも、」と私は内心、恐悦《きょうえつ》の念禁じ難く、「日本人は口が悪いですからね。べつにお国のそのような教えを軽蔑しているわけではないのですが、どうも辛辣《しんらつ》な嘲笑癖《ちょうしょうへき》があっていけません。」

— posted by id at 06:51 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1638 sec.

http://churchofmondaynightfootball.com/