露西亜は科学の先進国です

「もちろんです。日本人のあなたが、そんな事をおっしゃるのは情無い。日本が露西亜に勝ったではありませんか。露西亜は科学の先進国です。科学知識を最高度に応用した武器を、たくさん持っていたに違いない。旅順の要塞も、西洋科学の Essenz でもって築かれたものでしょう。それを日本軍は、ほとんど素手で攻め落しているじゃありませんか。外国人には、この不思議な事実が理解できかねるかも知れない。支那人にだって、わかるまい。とにかく僕は、もっともっと日本を研究してみたい。興味|津々《しんしん》たるものがあります。」と爽《さわ》やかに微笑して言った。 その頃は、周さんも何の遠慮も無く私の県庁裏の下宿に、ちょいちょい遊びにやって来て、そうして私がれいの無口で、まだ下宿の家族の者たちと打解けずにいるうちに、周さんがさきにもう家族の者たちと親しくなり、その下宿は、まあ素人《しろうと》下宿、とでも言うのか、中年の大工と女房と十歳くらいの娘と三人暮しの家で、下宿人は私ひとり、大工は酒飲みで時々夫婦|喧嘩《げんか》なんかはじめているが、でも、周さんの荒町の下宿のようにたくさんの下宿人を置いている商売屋に較べると、家庭的な潤いみたいなものも少しあって、当時、日本研究に大いに熱をあげていた周さんには、この貧しい家庭もまた、なかなか好奇心の対象になるらしく、家族の者たちにすすんで交際を求め、殊に十歳くらいの色の黒いぶざいくな娘と仲よしになって、支那のお伽噺《とぎばなし》など聞かせてやったり、またその娘から唱歌を教えてもらったりして、或る時、その娘が戦地の伯父に送る慰問文をしたため、周さんに直してくれと頼み、周さんはその無邪気な依頼にひどく気をよくした様子で、私に娘のその慰問文を見せ、「うまいものですね。どこも直す事が出来ません。」と言いながら、尚《なお》も仔細《しさい》らしくその娘の文章を賞翫《しょうがん》するのである。何でもそれは、こんな工合の何の奇もない文章であった。「昨年中はあまりに御無沙汰《ごぶさた》致し候《そうろう》ところ伯父さまにはすこやかに月も凍るしべりやの野においでになり露助を捕虜《ほりょ》になされその上名誉ある決死隊に御はいりなされたそうですがかねての御気象さもございましょうとかげながら皆々にて御うわさいたして居りました猶《なお》申上ぐるまでもなく今後共に御|身体《からだ》を御大切に我が、天皇陛下の御ため大日本帝国のために御つくし下さるよう祈って居ります左様なら」

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